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西大寺鉄道 その18 〜大多羅駅から広谷駅へ(1)〜 [廃線跡探訪]

 西大寺鉄道・旧大多羅駅跡から県道に沿って更に南南東に進みます。県道を跨ぐ歩道橋のあたりで、西大寺鉄道の線路跡は県道から離れて東に大きくカーブしていきます。線路跡は現在の旭東中学校のグラウンド敷地内を貫通していたはずですが、痕跡は残っていません。

 昔の空中写真を見ると、線路跡は左(東)向きに緩やかにカーブしながら(現)中学校の敷地の東側に抜け、(現)工場敷地の裏山の山裾をかすめた後、東西に流れる水路(両岸の道路とも)を斜めに横切って、東南東に向かっていました。

 この辺りは現在では民家が建ち並び線路跡の位置もやや不確かになりますが、一部、比較的新しい民家や倉庫が西北西から東南東の向きに縦一列に並んでいる箇所があります。
 この向きは、その周囲にある昔からの建物の向きとは明らかに異なっており、線路跡の上に建てられたことはほぼ確実です。

 この集落の東のはずれで線路跡は小さな水路を横切ります。ここに鉄道橋の石組みの橋台が残っていました。確認できた橋台としては、最も西大寺市寄りの橋台です。

※写真=JR大多羅駅南方の水路に残る西大寺鉄道の橋台を北望。右が西大寺方。  


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